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ちょっと前の東急のでんしゃ02

3450系の模型を最初に作ったのは、いさみや製のペーパーキットでした。これは窓を大きく改造する前の車体を模型化したらしいですが、子供の時はそれほど気にせずガツガツ組み立ててしまいましたね。今考えるとパンタはPS16まんま付けてたし、台車は日光のボールドウィンで、プロトタイプよりかなりホイールベースが短かったのも、あんまり気にしませんでした。
今だったら屋根のカーブからテールライトの形まで、車番に拘ってしまってかえって完成しないかも・・・。
日車タイプは篠原模型からモデル化されたっものの、川車タイプはアマミヤからチラッと出たくらいかなぁ。カツミあたりで出してくれたら無理しても買っちゃうかも。

今回は3450系のカラーを。この頃はあまり凝ろうと背伸びした撮り方はせず、オーソドックスな走行写真を撮るよう心がけてましたが、場所選びも含めて案外スッキリした列車写真って難しいですね。

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コメント

Mizuさん、ごぶさたしております。
3450!私も地元にいながら(オロカにも)末期の数年だけ焼け棒杭に火がついて必死に追いかけまわしていたクチ…懐かしさで涙が出ます。もちろん、撮影場所、全部わかります(笑)
日車の3452、ホロ付の3483、アンチクライマ付の3454、顔は大人しいけどツリカケ音がすごかった3460…彼らが消えてもう15年以上たつんですね。
そして不動前―目黒の40‰も今はなく…神保町や本蓮沼へ電車1本で行ける便利な時代にはなりましたが、“廃線跡”を通勤途上の山手の車内から目にするたびやるせない気分になります。

いわれてみれば、3450って意外と模型の製品には恵まれていないですよね。とくに川車型でまともなのは乗工社の12mmくらいでしょう。Nゲージでもガレキは出ていますが、屋根は新製必須、足回りも既製品の台車や動力にズバリ適合するものがないため、相当手のかかるシロモノ。私の場合、どちらも入手してで手はつけたものの、長年仕掛放置のまま…実物をナマで知り過ぎているとドツボにはまって模型が完成しない、という典型例かもしれません(~~;)

投稿: 長者丸 | 2005.01.23 15:55

長者丸さん、こんばんは!
確かに不動前から目黒駅にかけては特に激変してしまいましたよね。今から思うと目黒駅の頭端ホームも模型化に向いたローカル線の風情があったよなあ・・・。
そういえば子供の頃は下車駅が雪が谷大塚なんで、五反田駅から乗る時はいつもホームの大崎よりから乗ってたんですが、親に手をひかれながらボーっと「松竹ト○○」という、バカでかい看板をいつも見続けてましたね~ さすがにアレなぁに?とは聞きませんでしたが(笑  おっとかなり狭い範囲の人にか判らないネタでしたスンマセン(^^

そうそうデハ3450の模型は乗工社がありましたねえ、あの頃はまだ12mmで東急をやるのは・・・と躊躇してしまったのが悔やまれます。5000系青ガエルも視野に入れるとやっぱり12mmか13mmじゃないと"アノ感じ"出ないよな~とか思い始めちゃってます。

投稿: mizu | 2005.01.24 23:03

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