一期一会のDD11
元々カラーなんですが、どういうわけか右半分が変色してしまいまして、フォトショップでモノクロにしてみました。
場所は小郡機関区、この時は確かラウンドハウス内に保管されてるC62-1が目当てで、連続するコマに写ってるんですが、正確な日時とその前後の経緯はすっぽり記憶が抜け落ちております・・・。
最近もボチボチと邦画を見ては鉄道シーンをチェックしてますが、なかなかコレ!というのはありませんね~。
まあ、草軽が出てくる「カルメン故郷に帰る」など軽便や希少な専用線、軌道などがホームラン級だとすれば、地方のローカル私鉄が三塁打、大手私鉄で二塁打、国鉄だとヒットってとこですかねえ。
昔の邦画は場面転換というとかなりの確率で鉄道、特に国鉄のシーンが挟まりますけど、車輌がハッキリ認識できる事は意外と少ないかもしれません。ここらあたりはフォアボール程度でしょうか。
小林旭の渡り鳥シリーズなどはどれもパターンが同じで、ラストは必ず小林旭が船か客車のデッキに佇み、そのまま去っていくのを浅丘ルリ子が見送る・・・ということになっております。
たいていの作品はすでに探し尽くされてるとは思うんですが、60年代に大量生産されたB級C級のプログラムピクチャーの中に、あっと驚くような鉄道が写ってることを期待してるんですけど。
吹雪の別府鉄道お別れ運転01
この時たまたま関西に用事があったので、日にちを調節して別府鉄道の最終日に行くことにしたんですが・・。
それが当日とんでもない大雪に見舞われまして、スニーカーにジーパンといういでたちで出かけて、とんでもない目に遭いました。駅からちょっと歩いただけで、スニーカーはグショグショで足先が痛い冷たい、しかも撮るべき列車は吹雪の中でよく見えず、ここはどこだぁー!と叫びたくなったの覚えています。
行きは野口から別府鉄道に入ったんですが、そこから別府港へ向かうキハの車内は、別れを惜しむファンらで満員の状態でした。それから何駅か進むうち、駅に停まるたびに何やら車外で怒鳴りあうような声が・・。まだ寝ぼけまなこ状態だった僕はさほど気にも留めていなかったんですが、どうやら駅に着くたびファンが外で写真を撮り出して、中々発車できないので車掌がイラついていたらしいのです。そしてとうとうファンと車掌が喧嘩になってしまいまして。お互い関西弁でまくし立ててるからでしょうか、関東者の僕には余計に激しい言い合いに聞こえてしまいました。
僕の隣の初老の鉄ファンらしい2人連れの方々が、小声でやり取りしてました。
「何もこんな日にピリピリしないで、大目に見てやれば良いのに」
「いや、車掌も含めて皆明日からそれぞれ職の心配があるんだろうし」
それから終点まで車内は一気に殺伐とした緊張感に包まれ、車外の雪景色ともども寒々とした心持ちでキハに揺られていったのです。
別府港駅構内、運行に使用する以外の車輌、DLなどが展示してありました。ディテール写真を撮るべく足回りなど這いずり回りましたが、雪のハイコントラストで細部の潰れた写真の山となりました・・・・。
結局、雪中行軍で別府港から一駅歩いたところで精魂尽き果て、上を走る山陽電鉄で大阪に戻りました。
尚ここからもリンクして頂いてる駄菓子さんのサイト「二邑亭駄菓子のよろず話」には、この鉄道が本来持っている魅力的な姿が見れますので、どうか堪能してみてください。
浜川崎線の17m旧国
ってタイトルつけるほどの写真じゃないんですが。高校時代に川崎新町に友人がいたので、遊びに行ったついでにちょくちょく撮っていたものです。
当時浜川崎線は南武線尻手から浜川崎まで、クモハ11+クハ16の2両編成が行ったり来たりしてました。確か鶴見線の17m旧国が無くなった後も、ここと大川支線にだけは残ってたんですよね。
上二枚は郷ひろみのお父さんが勤務していた事で知られる?尻手駅です。傍らに当時まだ南武線の73系が行き来してたんですが、まともな写真が残ってないのが悔しい・・・
ここは友人の家の近くである川崎新町駅近辺の駐車場からの一枚です。浜川崎線沿線ってこんな感じの殺風景なとこばっかりでしたね。
終点の浜川崎駅です。南武線の貨物専用の構内の片隅にひっそりとあるという感じの駅ですね。
蛇足ですが、初めてコダクロームだかのスライドフィルムを買った時、ここ浜川崎や大川支線へ試し撮りに行きました。しかし、露出の難しさに見事に失敗してしまいました。
スライドってスキャンしても、ソフトで露出補正はあまり効かないんだろうなあ・・・。















