西武山口線その3終

A012

まあこんな僕でも、20代の頃には仕事や恋愛において、それなりの悩みや焦燥感に襲われる事もあったわけで、そんな時とにかく閉塞感から逃れたい一心であてもなく電車に乗っちゃう、なんて事もありましたねえ。

蒸機が無くなってからは鉄道の写真撮影自体に対する熱意も、かなりトーンダウンしてる頃だったんですが、やはり何かあるとボーっと列車を見たいなあという衝動が湧き上がったりして。

ある晩秋の日にも、そんなモヤモヤを抱えながら西武園の駅に降り立った事がありました。着いた時にはもう陽も傾き始める頃で、ほとんど人影も無く寂しい風情でしたが、ふと気づいたのは今までこの山口線の写真を撮りに来てもまったく乗る事は無く、沿線を歩きながら撮影してそのままユネスコ村から電車で帰宅、というパターンでした。そこでこの時、初めて乗って見る事にしました。

A005

で、これが予想以上に良かったわけです。2輌編成の客車は前の車輌に家族連れが一組、後の車輌には僕一人という状態でしたが、窓から思いっきり顔を出して秋の風を受けながら走るのが、こんなに気持ち良いとは思いもよりませんでしたね。
沿線はもう紅葉の最後の方でしたが、それでも日に染まって綺麗ですし、前方からせわしなく聞こえてくるブラスト音も心地よく、見上げた空にコッペルの吐く煙をボーっと見上げてるだけでも退屈しませんでした。

A007

A015

A002

やっと乗ってみてこその魅力に気づいたのも束の間、その山口線も翌年の春には運行を止め、新交通システムに切り替わってしまったわけですね。
そういえば西武園のホームに、とても場違いな雰囲気を漂わせた背広姿の集団を見かけましたっけ、あれは新交通のための視察だったのかなあ・・・

| | コメント (0)

西武山口線その2

とうとう上場廃止ですか・・・西武はどうなっちゃうんでしょうねえ、なんかカリスマ的な人物が会社に君臨するとこの末路は、ダイエーしかりでどこも似ているような気が・・・・。なんでもかんでもリストラの流れの中で球団のみならず、横瀬の保存車たちの去就も気になったりして。

さて山口線ですが、頚城と井笠のコッペルの活躍時期は意外と短くて、そののち台湾からやってきたB1のコッペルが長く活躍しましたよね。当初はあんまり興味沸かなかったんですが、行ったら行ったでそこそこ楽しめましたね。

この路線をずーっと撮り続けていたグループもあったくらいですから、素晴らしい写真も数多く発表されてる事ですし、それに比べて改めて自分の写真を見ると、目新しい写真は無いですね。

A01q

A02q

A31101q

A31103q

A02qq

A10tq

A12q

A16q

A22q

| | コメント (0)

西武山口線その1

秋頃にこのネタをやろうかなあっと思ってたら、これも何やら時事ネタっぽくなってしまいましたが、他意はありませ~ん(笑 ん~西武は結構好きな鉄道なんですけどねえ・・・。

この西武山口線も雑誌等で随分紹介されましたよねー、行った人も多いのかな。東京近郊でケーベンの蒸機が牽く列車を見れるなんて今思うと貴重だったんですよね。
で、そこで思いたつのが価値観の時間差攻撃みたいな感覚です。前にも木曾森や大夕張で散々後悔の念を独りごちてましたが、過去を遡って漫然とやり過ごしたその時その瞬間が、後々実はとんでもなく貴重な場所に居たんだという事を感じる時、その時その貴重な巡り合わせに価値観を見出せなかった自分がいつもいるわけです。

まあここら辺はいくら後悔してもずっとついて回る感覚なんでしょうけどね。今現在もきっと後になってなぜアレに目を向けてなかったんだって事象を、たくさん取りこぼしてるんだろうなあと思います。う~ん、例えば各地に復活してる蒸機とかも、もうひとつ乗り切れない自分がいて、ほとんどスルーしてしまってるんですが、これなんかも後悔してしまうかなあ。

今頚城や井笠のコッペルが井笠のダブルルーフの客車を牽いて走ってたら、それこそ何を置いても通いつめちゃうんだけど、あの当時鉄道ファン誌上で存在は知っていたし、ダックスストーリーでケーベンにも目覚めていたはずなんですけどね・・・頚城&井笠のコッペル時代は一回こっきりしか行ってないんですよね~、やっぱり謙信号とか信玄号なんて名前の付け方で所詮遊園地のおとぎ列車とか馬鹿にしてたのかなあ。

ay02

ay06

ay09

| | コメント (0)