正真正銘の機関庫裏
過去ログで拡大画像のリンクが切れていた分に関して、新しくリンクを貼り直してみました。
主に2004年までを貼り直しましたが、文章を読み返すといやはや、改めて誤字脱字の多いこと多いこと・・・・情けなくなりました。
フィルムスキャンも最近とんとご無沙汰してしまって、アップする画像も無くなってきてしまいました。プリントとしては残っているのに、どうしてもネガが見つからないものもあったりして、やっぱりちゃんと管理しておかなかったツケをひしひしと感じます。
今回の画像は小学生の頃のもので恐縮ですが、田舎へ行った時に親戚に連れて行ってもらった新津機関区です。この時上越形の70系やらEF58やらも撮ったのですが、見事なくらいピンボケており、まさしくブログのタイトル通り機関庫裏のピンボケ写真だらけでしたね。
まだ・・・生きてます
ひっそり模型再開と記して以降、はや一年近く経ってしまいました。
その後すぐ体調を崩してしまい、結局昨年一年間を棒に振ってしまった感じです。
今現在も完全に復調とは言い難い状態であり、ここもいつまでも放っておくよりは
閉鎖した方が・・・とも思いましたが、何やら知らぬ間にアクセス解析の機能が付き
それによれば、検索で来る方ともどもまだ来てくださる方が多少なりとも、
いらっしゃってくれる事でもありますし、もう少し残しておこうと思います。
ブログの設定やデザインが勝手に変わっており、びっくりしましたが
ココログの設定変更で、元の設定がリセットされたのでしょうかね。
ここの容量がまだ少なかった頃の名残りで、過去ログの画像の拡大画像だけを、かなり消したんですが、間違って本文の画像も消してしまったものがあるようですね。
拡大画像も含めて、なんとかアップし直してみたいとは思ってるんですが・・・。
画像は石北本線常紋信号所付近のD51です。
日中線
蒸気機関車が残ってた頃、会津地方は中央西線~小海線と同じように、東京から土曜の夜行で発って日曜の夜に帰ってくるというスケジュールが可能だったもので、ちょくちょく行った方だと思います。
たいていは会津線、只見線巡りでしたが、たまに時間が空いてると日中線も寄ったりしてました。そう本格的な撮影行というより、あくまでついでという感じでした。それだけに自分としては珍しく、しゃかりきに撮るよりノンビリ乗ろうという感じでしたね。故に結果として蒸機に乗った時の感触・・振動や音、匂いなどが結構心に残ってたりするんですよね。ボロラジカセで録った車内音なんかもあるんですが、そのうちなんとかアップしてみたいです。
なんとか生きてます
今年ももうあとわずかになってしまいましたが、なんとか今年最後の更新を、と病院を抜け出してきました。
ざっとここ2ヶ月近くの経過を申しますと、MRI~エコー~バリウムの検査を経ても原因は判明せず、その間いっこうに状態も良くならずで、嫌々胃カメラを飲んだ結果、胃にポリープを8~9個発見、そのうちヤバそうなのをみつくろって内視鏡手術で取り除く(実際は焼き取るって感じらしいですね)、ってなとこであります。
ポリープ自体はそれほど悪性では無いとの事で、とりあえず一安心でありますが、これから他のポリープが大きくなるか様子見の定期内視鏡検査が続きそうです。
極度の食欲不振や膨満感ムカツキなどは、どうやらこのポリープが原因では無さそうで(これが原因で症状が出る位だと、かなり進行した癌だったりするそうです)、自律神経失調症あたりが原因の可能性あり、と言われました。ま、こうでもならなきゃ胃カメラなんぞ飲まなかったでしょうし、飲まなければポリープも発見できなかったとすれば、結果オーライと考えた方が良さそうですね。
>ユウバリのテツさん
コメント情報ありがとうございました。入院の為レスが遅れて申し訳ありませんでした。
歴史村あたりと言う事は、もう痕跡は橋以外は無いのでしょうね。
いずれ定点写真撮りに行きたいと思ってたんですが。
画像ですが趣味誌の特集で、国鉄線上での蒸気機関車による定期列車運転最後から30年と知りました。それにちなんで夕張線(1975年12月)のD51を、以前更新した続きという感じで。
僕自身は最後の列車を見届ける前に、学校の終業式の為引き上げてしまいました。
撮影場所は確か川端ー滝ノ上間だったと思います。
ボゥ~鉄
写真を整理しながら感じるのは、SLブームの頃に何キロもの機材を担いで、雪をかき分けたり急斜面を登ったりの強行軍は、ある種の熱にうなされてる状態だったんかなぁ、という事です。後にも先にも人生の中でアノ時期の行動力が突出してるんですよね。ただその頃でさえ本質的なグータラさも垣間見れるわけで、それが前にアップした倶知安や今回の宮崎大淀川のような、あっちこっちを飛び回る撮影予定をすっ飛ばして、日がな一日ボゥッとしてる事があったりするわけです。
この時も夏の九州の暑さに電池が切れてしまったのか、大淀川沿いのフェニックス並木の下のベンチに寝転んでは、時おり鉄橋を渡ってくる列車の音に気づいてカメラを構えるという、ダラダラしたとても撮り鉄とはいえないボゥ~鉄三昧でした。しかしやってくる列車は蒸機、電機、気動車などなどバラエティに富んでいてまったく飽きませんでしたね。ま、写真として見るとしょうもないのばっかりなんですが・・
しかしこんな下流で川幅の広い大淀川でさえ、先日の豪雨では水嵩が危険水域を突破して氾濫してしまったんですよね。人間の想像力なんぞ自然は軽く上回ってしまうという事なんでしょうね。
夏の小海線
夏の風景というと思い浮かべるのは、小海線なんですよね~
この頃すでにSLブーム真っ盛りでしたし、高原にやってくる観光客も混ざってかなりメジャーな場所という感じでした。普段蒸気機関車撮影というと大抵は観光地からは外れた山の中、カメラバッグや三脚を抱えたSLファン以外の人は見かけないようなとこばかりでしたしね。小淵沢の大カーブや清里ー野辺山間の鉄橋などは、かなりの一般観光客が来てました。ラジカセで撮ったテープには女の子の歓声が入ったりしてます。
今回の画像はそんな喧騒からちょっと外れたとこで撮ったものです。というか何の事はない前述の有名撮影地ではすべて写真に失敗してるからなんですが・・・。
野辺山はそれこそごった返すような騒ぎでしたが、小諸に向かって一駅行った信濃川上は蝉の声だけが響く静かさで、どこかホッと落ち着ける駅でした。構内に貯木場もあったりしても昔は森林鉄道なんかが来てたのかも。
最後の写真のみ小海駅で撮ったものです
明けましておめでとうッス!
関東は珍しく雪の大晦日でしたが、いや~坂で車が止まる止まる。
雪国の人がよく、たった数センチの雪で東京は騒いで大袈裟な、などと言われちゃいますが、
そういう本人が実際に東京の街を雪の日に走ってみると、ガラッと見方が変わるようです。
そう、いかに東京という街が急勾配の坂だらけの街かっていうのを、つくづく実感するんですよね~。
まあ函館とか小樽なんか、もっと凄いですけどね。
そして2005年一発目の画像は、宗谷本線の抜海付近より「利尻富士をのぞむ」てな感じですが。
冬はめったに対岸から見渡す事ができないそうで、普段の行いが良かった・・・わけじゃないんですが。
この画像のこっち側には百人近くのファンが、ズラッと並んでるんですが、列車が通過した時、残念という溜息があちこちから漏れたんですよねー。
その理由はこの列車がC55とC57の共通運用であり、そしてご覧の様に来たのはC57だったからなんですよね。
やはり希少価値という点も含めて、C55の方が圧倒的に人気があったみたいでしたね。
僕自身はC57も好きなので、あんまり執着は無かったんですが・・・という事で塩狩峠のC57も。
中央西線のD51その10終
上の二枚は中学一年の時の、初めての撮影旅行のものです。何せ友人の他に母と妹まで付いてくるという事で、まあ単なる家族旅行とも言えますが。この時夜行で新宿を発ちましたが、なんとなく覚えてるのは客車列車を牽引してるのはEF13,そしてその後に蒸気暖房車が繋がっていた事です。発車する時の衝撃がワンクッション違う感触があったのは記憶にあるんですよねえ。
塩尻からはD51の牽引する客車に乗り込み、恵那で途中下車して明知線のC12をホームで撮ってから、そのまま名古屋に出てういろう買って新幹線で帰って来ると言う、「なんじゃそれ」な旅行でした・・・
下の二枚はオーソドックスな撮影場所で。上が南木曽付近、下が落合川です

木曾のD51といえば、今は亡き乗工社から12mmで長工式装備のD51が出てたんですよねえ。喉から手が出るほど欲しかったんですが・・・今思うと無理しても買っておけば良かったなあと後悔しております。ま、今ならヤフオクか中古屋探すと言う手もあるんですが。夢として思い描くのはそのD51と珊瑚のC12(もちろんデフ付けて)で、木曾森林鉄道と絡めた上松周辺の情景を作ってみたいなあ・・いやその前にKMCの皆さんが実現してくれるかも(おっとまたもや他人任せ・・・)
中央西線のD51その7
例によってふん詰まりが解消した時のような連続更新ですが。
今回は木曽福島を発車していくD51の姿を。今写真を見返してみるとほんとに木曽福島での写真が、圧倒的に多いですね。よほど気に入ってたのかもっと良い撮影地に出向くのを億劫がってたのか・・・
そういえばあららぎさんのBBSで撮影地を聞かれた写真ですが、、、、情け無い事にどこか判りませんでした・・・
みっともねぇー話ですね、他の方のサイトで同じ場所を見つけて初めて撮影場所を確認できるっていう、そんなのばっかりで・・・。ただ確か鉄道ファン誌の撮影ガイドを参考に出かけた記憶はあるので、それを調べれば判る場所もあるとは思うんですが。
たまには日記
ブログの本来の使い方を無視して、ただダラダラ過去の写真を羅列してるわけですが、たま~には日記風な事でも。
で、台風ですよ!いやあマイッタ、船舶関係の仕事してる身にはもう台風が近づいて来るたびに、泊り込みの日々。
かれこれ七月頃より、4ヶ月近くこんな状態なんて初めてですよ。おかげでただでさえ進まない模型イジリがはるか彼方に遠のいております。マリーナに張り付いたままできる事といったら、せいぜい持ち込んだ模型誌か鉄道模型のサイトを巡る事、そしてこの今年前半にスキャンしてあった画像を元に、このブログを更新するだけ・・・・。
巡るサイトサイトで素晴らしい作品を見るにつけ、なんとかその輪に加わりたい!教えを乞いたいという思いだけが募ってる状態ですねえ。
しかし、本来レイアウトにしたくなるような長閑で自然に恵まれたであろう田舎の風景が、無残な土砂崩れの被害に見まわれてしまっている様は、ほんとうに心が痛みます。
そういえば撮影行での僕は、総じて雨男だったかもしれませんね、ここぞという時に嵐になってしまうなんて事がよく有りました・・・そうこの紅葉真っ盛りの会津線もまたしかりのドシャ降りでした・・・・これで晴天だったらさぞ奇麗だったんでしょうが・・・・

始まり始まり
どうも、mizuと申します。
今まで撮りだめていた写真のデジタル化をキッカケに、ネットの末席を汚して公開していく事にしました。
それにしてもスキャンしていく過程で、改めて自分の過去の写真と向き合ってみて感じたこと・・・・それはいかに『ピンボケ写真』が多いかということでした。
マアあの頃はサービス判でそれなりに見れれば、っていう程度の認識だったんですが、さすがにここまで酷いとは、結構ショックでした。
考えてみれば、露出もシャッタースピードもひたすら勘だけでしたしね、とにかく走行中の写真はほとんどシャッタースピードが遅すぎてボケでるわ、望遠もピントが合ってないわで情けな~な状態ですね。
ここではその中から、かろうじて見れそうなモノ、ないしは誤魔化せそうなモノを中心に公開していきたいと思います。(どうせ途中でまた飽きちまうかも・・・というか自分に嫌気がさしてしまう気が)
大部分は70年代、一部80年代~90年代のもある予定です。
最近のは・・・・まったく撮影に御無沙汰なもんで・・・尚、撮影年月日、撮影データなどろくに控えてなかったので省略します。何せ今となっては撮影場所さえ不明なモノまである体たらくさでして。

塩狩峠のC55
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