落穂拾い・木曾篇04終

落穂の中のそのまた落穂という感じで・・・

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C型の下回り

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C型の車内、模型化にはちょっとてこずりそうな形状のシートですね(というかパイプイス?)

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王滝№1のブレーキハンドル部分

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上2枚は王滝№1の車内、スプリングが今にも飛び出してきそうなシートですが、内部は網棚や室内燈もあるし造りはしっかりしてるように見えますね。

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落穂拾い・木曾篇03

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この時、大鹿にいた客車はB型小型2輌、C型1号、王滝№1、それに貴賓車、理髪車の計6輌でした。このうち貴賓車に関しては、なぜかとりこぼしてしまってます・・・

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理髪車、車内は撮ってませんでした・・・・

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C型1号、乗工社はなぜこっちのタイプを作らなかったのか・・・

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王滝№1のデッキ部、車体の色は退色してしまったか、それとも元から違う色に塗られていたのか、灰色というか暗い藤色というか、とにかく微妙な色合いでした。

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ついでにカブースも

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落穂拾い・木曾篇02

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01から一年以上経って02とは・・・
木曾の大鹿の画像で、画像倉庫から外した写真・・要はクズ写真・・・の中から拾い上げてお茶を濁して見たいと思います。
この時は自分では撮りこぼしが無い、というくらいのつもりで撮ってたはずなんですが、見返してみるとストラクチャー関係はまったく素通りだし、車輌に関してももうちょっと細部をキチッと撮っておけば、と後悔する状態でしたねえ。やはり雑誌に記事をルポするレベルって、意外とハードル高いんだなあと実感します。ま、その前にピントくらいちゃんと合わせろよって話ですが。

今回は運材台車関係を。

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いやあ蒸しますね

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まだエアコンのフィルターを掃除してないので、ひたすら扇風機を使ってますが、もう湿度の高さはどうにもなりませんね。下手に外へ出ると熱中症になりかねないので、休みの日はビデオの整理がてら映画を見てます。
一時期レイアウトの参考にもなると、テレビでやった古い日本映画を片っ端から録画してたんですよね。
一応鉄道ピクトリアルの、鉄道の出てくる映画の特集号なんかも参考にしてたんですが、そのうち日活あたりのあまり知られてないプログラムピクチャーにも、一瞬ですが思わぬ鉄道が映ってるのを発見したりして。

ただ鉄道が出てる事で有名な映画でも、なかなか見れないものもあります。
森繁久弥が草軽電鉄の駅長役をやってる「山鳩」とか流山のBLWサドルが出てるという「牛づれ超特急」 あと小坂鉄道が映ってるTという「心臓破りの丘」などは、テレビでもやってくれないようです。、図書館や京橋のフィルムセンターあたりを、こまめにチェックするしかないみたいですね。

今回の画像は前記の「山鳩」 そしてなんといっても「カルメン故郷に帰る」で有名な草軽電鉄、そのデキの保存車を撮影しに行った時のもので、撮影年月日は1984年の8月18日です。
上の画像は軽井沢駅の構内にあった、ホッパー跡らしき建築物であります。デキの方は中軽井沢の公民館というのを頼りに探しました。今現在は黒に塗装されてるようですが、この頃は下塗りみたいな白っぽい灰色でした。
(追伸)
今調べたらデキ13は2000年に(旧)軽井沢駅舎記念館に移設されたようですね。やはり黒い方がさまになってる気がしますが、細部のディテールは灰色の方が判り易いかな

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藤枝の廃車体とEF18

東京地方は桜が散った途端、底冷えのする寒い日が続いてますね。
さて新年度でもあるんで少し模様替えを・・・ってんで画像倉庫を作ってみました。
ヤフーのフォトアルバムとか色々試してみたんですが、いまいちゴチャゴチャした感じだったので、とりあえずキャノンのに替えてみました。まあ無料ですし多くは望むまいってとこですね。
まずは木曾森林の大鹿から徐々に。画像はここでアップした時より若干大きくしました。まあそれだけピンの甘いのが目立っちゃうんですが(^^;;)

今回の画像は、確かとある日曜日にブラッと大井川へ蒸機でも見に・・・なんて乗った東海道線の車窓から、線路端にチラと見えた木造貨車の車体を見つけ、急遽途中下車した時のものです。

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その廃車体とは、そう静岡鉄道駿遠線のワだったんですけどね。新藤枝駅跡から少し東京よりに行ったとこにありました。後々TMSとかにも出てたし結構有名な存在だったんでしょうか。モノクロでも何枚か細部を撮った記憶があるんですがネガが見つかりましぇ~ん。

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その帰りに藤枝のホームで、待避線に何やら古めかしい電機が・・・と近づくとEF18!そうか区間貨物にまだ細々と使われてたんだと、電機に疎かった僕は偶然の出会いを喜んだのでしたとさ


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落穂拾い・木曾篇01

なんと!容量が50MBになってたんですね!
あ~あ・・・もっと早ければ画像を消さなくても済んだのに・・・といってもしょうがないですけど。
いずれ画像だけ項目別にまとめてアップしたいんですが、どっか別のフォトアルバムかなんか借りた方がいいですかねえ。前にヤフーに写真置き場を作ってた事あるんですが。

という事で、消してしまった木曾モノで最初のアップから漏れた画像でも・・ま、ほとんど同じ被写体の別角度からの画像ってだけなんですが。、まずは酒井のDBT10型のスナップから

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頚城の廃線跡へ行った

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もういっちょ、これも価値観の時間差を感じた事例を。76年夏に前に紹介した木曾で予期せぬ出会いをしてしまった僕は、突如軽便熱にうなされ当初の単なる山歩き旅行の計画を破棄し、連れに呆れられながら勢いで尾小屋へと向かったのでした。まあ鉄分ゼロの連れがいる以上長居はできず、新小松~尾小屋をただ行って帰ってくるだけでしたが。しかしこの尾小屋鉄道、意外と連れには好評でした・・・ま、それは尾小屋の紹介の時に。

そして連れはどうせココまで来たから金沢でゆっくり観光していくと言い、僕はといえばますます軽便熱は高まるばかり。よってここで東京での再会を告げて別行動へ(う~んドライな関係っすな、付き合って数年経ちゃこんなもんですが)。で、やっと今回の題材である頚城の廃線跡を見に新黒井へ一人向かったわけです(前置きなげぇ~)

そして夜行で直江津に向かい朝一番の各停に乗り換えて新黒井へ・・・早朝まだ靄の漂う中を閑散としたホームに降り立つと、すぐにあのナローゲージモデリングの阿部さんの記事に出ていた、頚城鉄道の駅舎が見えました。
「うわぁ~残ってたんだ!」と感動しましたね。改札を出て勇んで頚城鉄道側の敷地に回り込んでいくと、しかし駅舎以外には積み上げられた石材以外ガラ~ンとして何もありませんでした・・・・。

そうここでまた価値観の時間差が・・・その頃まだ廃線跡めぐりなる趣味は確立されておらず、今ならほんの僅かな鉄道の遺構をもってして充分そこに価値を見出せるんですが、その当時の自分にはやはり「まず車輌なかりければ」という考え方が主だったんですよね。それは木曾しかり尾小屋しかり、どれも車輌あってこそでした。まあ丸々残ってるとは期待せずとも、せめて当時よりまた数年前に発表された九十九里の東金の残骸くらいは・・・と淡い期待を描いていたので、少々ガッカリしたもんでした。

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そしてそして一考を案じた僕は「よっしゃ百間町まで行けばなんか車輌があるかも、あそこには機関区もあったはず!」という事で線路跡を歩く事にしました。線路跡は駅を出ると右にカーブして幹線道路を渡り、その後一面田圃の中を一直線に伸びて行きます。出だしは好調に時折田圃を渡ってくる風が心地よく「あ~あホジ3が窓を開け放って走ったら車内にも風が通り抜けて、気持ち良かったんだろうなあ」なんつって歩いていたのですが・・・やがて真夏の日が頭の上から射して来ると、どこにも日陰の無い田圃のど真ん中を歩く事がどういう事か理解できるようになりました。前日の夜行での寝不足も祟ったのか、一気に脱水症状のような状態になり視界全体が青っぽく見え始める始末・・・こりゃヤバイと思いながら倒れ込むように中間駅の北四ッ屋にたどり着きました。

ここ北四ッ屋駅、跡とはいえもしかしたらジュースの自販機くらいはあるんじゃないかという期待があったんですが、見事に完璧な廃屋でしたし、周りも木陰になる木がある以外は何にも無し・・・軽い絶望感の中、これからこのまま百間町まで行くかそれとも新黒井まで戻るか迷った挙句、むかし巨人の星を読んで知った「坂本龍馬はたとえ殺されようともドブの中でも前のめりになって死んだ」という話を思い出し、前へ進む事に決めました(嘘くせえ~)

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砂漠の中のオアシスに感じました
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北四ッ屋より新黒井方向を臨む

そんなこんなで百間町にたどり着いたものの、当然構内には車輌のかけらも無く、すでに気力体力とも使い果たした僕は、バスの待合所として残っていた駅舎で横になり帰りのバスを待っていたのです。同じくバスを待っていたオバサンに顔色が異常に悪いと心配されながら・・・

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駅舎の写真はこれだけ・・・・情けない
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機関庫は再利用され、旧本社社屋も残ってたんですよね

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